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松田修一教授

早稲田大学ビジネススクール(07年4月より商学学術院商学研究科ビジネス専攻MOT担当)教授。商学博士。専門分野は会計学、経営監査論、ベンチャー企業成長論。2004年に日本ベンチャー学界会長に就任。その他内閣府、経済産業省、総務省等所管のベンチャー企業関連、産学連携、MOTコンソーシアムの委員会の座長・委員などを務める。主著「ビジネスゼミナール会社の読み方」、「ベンチャー企業」。

松田修一教授

ビジョンを持った質の経営を

勝ち組、負け組という言葉を良く耳にしますが、勝ち組企業と負け組企業の評価を分ける要素は何なのでしょうか。またその背景にはどのような社会の変化があったのでしょうか。早稲田大学ビジネススクール教授の松田修一氏にお話を伺いました。

早稲田大学ビジネススクールでは、「早稲田ビジネススクールレビュー」(日経BP社、年二回発刊)の中で企業のMOTランキングを発表されています。企業の価値をどのようなものとして捉えていらっしゃいますか。

「企業価値」とは何か

2000年ごろから「企業価値」という言葉がよく使われるようになってきました。しかし10年前には「企業価値」は経済的な言葉としてはあまり使われていませんでした。95年ごろから金融自由化が進み、銀行という安定株主に代わり機関投資家が多くなり、株式交換による企業の買収リスクが現実問題化してきました。買収の時に企業価値が徹底的に現れるわけですよね。そこで買収を防止し、あるいは買収を優位に進めるために、企業価値を高める必要があるということで、この言葉が広く使われるようになってきたのです。特に世界で勝ち残るための事業の組み替えが行われ始め、ますます企業価値という言葉のリアリティが出てきました。

買収金額の算出のベースとなるのは、通常売上金額や、総資産額、純資産などが使われます。しかし真の買収金額が企業価値だとすると、過去の財務情報であるバランスシートに計上されない、将来の収益を生み出す知的財産も企業価値に加えることが重要です。MOTランキングでは、過去からの営業利益、研究開発費、特許申請などの変化率(時間軸)を将来の価値を生み出す持続的指標としてとらえています。

財務諸表に現れない価値を目に見える形に展開していかないと、可能性やポテンシャルがあるにも関わらず低く評価されてしまうということでしょうか。

変化に立ち向かう組織作りを

財務諸表には表れない将来の収益力を生み出す隠れた知的資産を、見える化しないと、真の企業価値を実力より低く評価されてしまいます。将来の変化率が評価されていない上場企業は、投資側からすると極めて割安の、掘り出し物の会社だと目を付けられることでしょう。会社が見失っていた知的資産を収益に顕在化し、企業価値を一気に向上させたのが、日産のCEOカルロス・ゴーン氏ではないでしょうか。

金融の自由化など、買収が自由にできるような社会へ変革を進めてきました。インフラ変化に対応した仕組みを作る必要があると思います。経営陣が一体化して企業グループ全体をコントロールできる、基本に立ち返った組織作りができている会社がどれくらい存在するでしょうか?残念ながら日本の多くの会社は対応してこなかったわけです。例えば2007年から三角合併ができるようになりますが、今のところ上場企業1,600社のうち、1割しか買収防衛策を導入していないと言われています。これは日本の経営者が要求してきた制度変革に対していかに鈍感か、ということの表れではないでしょうか。

企業価値は生きている

上場企業にとって、株式時価総額が企業価値の近似値であるといえます。しかし、株式時価総額が純資産(株主資本)と対比される場合と、総資産と比較する場合とがあり、いずれも過去の財務価値との比較といえます。株式時価総額とこの財務価値との差額が、将来の収益を生み出す期待価値といえます。この期待価値が低かったり、マイナスであるということは、将来の持続的成長というポテンシャルが低いということを意味しています。財務価値1に対して、期待価値が1 以上の会社と、1未満の会社との違いは、売上成長率が高く、営業利益率が高いということと明確な相関関係があります。企業価値は生きています。静態的な企業の評価ではありません。すなわち持続的な量的・質的な成長こそが、結果的には持続的株価の向上をもたらすといえます。これは、資金、設備、ブランド、特許、人材などの個別の経営資源の把握だけではなく、顧客への付加価値提供を通して、個別経営資源の統合スピードをあげることによって達成できます。統合スピードを上げるという動態的企業活動が不可欠です。

戦略と結びついた無形資産でなければ価値がない

経営資源のうち、目に見えない無形資産といわれる知的資産は、将来付加価値として顕在化する可能性があるからこそ、企業価値を形成するのです。将来価値の顕在化活動(原因)は、将来の財務数値の成果(結果)を生み出します。将来価値の顕在化活動を総称して経営戦略ということもできます。会社の経営戦略を将来の成果とどう結びつけていくか明確な会社は、期待価値が高いといえます。知的資産の中で、顧客の立場で評価できるものがブランド、このブランドを維持するものが広い意味での(特許も含まれる)技術です。この2つを今まで絶対値で算出しようという動きはずいぶんありました。絶対値で表すためには、測定ルールに再現性があり、誰が測定しても結果が同じでなければなりません。しかしその絶対値の算出の試みはうまくいっていません。なぜならブランドを作り出すのも、技術を生み出すのも結局のところ「人の価値」であり、会社を構成する人や、人の能力を引き出すリーダシップがなければ、これら知的資産を将来の顕在化する価値に転化できないからです。しかし、財務諸表に現在の会計ルールで測定できない無形資産を計上するという努力を否定するものではありません。そのことによって、おおよその企業価値が予測できるからです。しかしその無形資産に価値があるというためには、将来価値の顕在化活動という経営戦略がなければなりません。

無形資産がうまく財務的な価値に転換されていないのは何故なのでしょうか?

世界に通用する高収益モデルの構築を

日本は限界企業を救済し、おちこぼれを防止することを主たる経済政策としていました。出る杭を伸ばすという自由市場政策ではありません。この結果、世界第二位の市場に多くの競合企業が存在し、日本国内で消耗戦を行ってきました。多くの無形資産を持ちながら、利益を分け合い、世界に通用する高い収益モデルが構築できませんでした。国の民間経済支援は競争的支援ではなく、業界コンソーシアムの横型連携支援でした。この結果業界仲良く、利益を配分する護送船団方式であったといえます。このような経済政策に慣れた日本企業の多くは、企業活動を真の顧客に対する付加価値活動と捉えていませんでした。世界の企業の中で勝ち残るために、技術や組織、人材など社内の知的資産を100%活用して、付加価値を生み出す活動をしなくても、生き残ることができたのが戦後60年であったといえます。変化する経営環境に対して、自社が持つ経営資源を統合して、新たな価値を生み出すスピードが日本企業には欠落していたことが、財務価値に結びつかない多くの低収益モデルの会社を残してしまったといえます。

経営資源としての資産の財務価値以上のポテンシャルをどのようにして引き出すのでしょうか。

経営資源の統合スピードが企業価値を左右する

貸借対照表の有形資産合計は、会計の測定ルールに基づいて個々の資産を加算したもので、これを企業価値と考えると、まさに足し算の世界であったと考えることができます。将来の収益力を生み出す知的資産こそ企業価値の主たる源泉であると考えると、資産を加算した資産の集合体ではありません。個別の経営資源(有形+無形・知的資産)の統合スピードこそが重要で、掛け算の世界ということができます。すなわち統合スピードが欠けていると、企業価値は単なる有形資産の集合体以下になります。将来価値を生む出す期待価値は、ゼロではなく、むしろマイナスになるからです。

日産でゴーン氏が行ったことは、日産本来の経営資源の統合スピードを引き出すために、系列や下請け構造などの過去の既得権益を見直し、社内に若手を中心にしたタスクフォースチームをつくりました。高いミッション(必達目標)を提示し、これを達成する強い経営意思を実行に移したことが、業績V字型回復を可能にしました。日産の本来もっている経営資源を短期に統合し、成果を確実に出したことが、期待価値を高め、企業価値を急向上させました。

広がり続ける格差社会

今は個人の二極化、すなわち格差問題が話題になっていますが、それを作っている理由の1つは企業間の格差です。

2000年以降、企業間の業績格差が非常につき、投資家の将来の期待価値が株価に反映しています。その格差要因は売上規模ではなく、利益率の格差なのです。この収益モデルの向上に手をつけることができない会社の将来が危ないといえます。環境変化への対応力が遅いからです。技術の進化が速く、グローバル化が加速する現在、企業間格差はさらに拡大するからです。また、個人ベースの格差の話については、給与が異なるというフローの格差が中心ですが、むしろ平均個人財産が世界一になったという日本での個人や家族のストックの格差の方が重要です。ニートと言われる者も両親のストックがあるために収入が少なくても生活できるわけです。今後も企業と個人の格差はどんどん拡大していくでしょうが、これは他国と比較した上での議論ではありません。格差といっても、グローバルで見ると日本の場合は最も平等に近い、結果平等な社会ではないでしょうか。結果では無く、入り口平等、すなわちチャンス平等の社会システムは維持したいものです。このストック資産が、預金から株式市場に直接移動し始めたときに、株式会社が、市民のための会社に転換できます。

危機の共有化による「質の経営」へ

今後BRICsという成長地域に進出するというグローバル化と日本国内に海外から製品サービスが流入する国内のグローバル化が同時進行しています。リスクの高い新製品や新規事業に挑戦するためには、売上規模という量の経営よりも、高い利益率を意味する「質の経営」を重視せざるを得ません。閉ざされた世界第二位の市場が右肩上がりで拡大し続けた時代であれば、量的拡大が質的向上をもたらしたといえます。超高齢化社会が出現し、技術の進化とグローバル化が加速してきた現在、リスクに挑戦できる余裕のある経営を行う必要があります。これを保証するのが、再投資可能な収益力です。質の経営を目指す場合、まず現在企業が保有する経営資源のたな卸しをする必要があります。会計システム上測定された見える有形資産と、従来資産とみなされていなかった知的資産をまず補足し、さらに各資産を活かす仕組みを構築する必要があります。 部分最適はできても、全体最適ができない、ということは良くある話です。全体最適のために優先順位を付け、着実に実行に移すことができるのが、本当の意味での経営者ではないでしょうか。問題点のリストアップは誰でもできます。しかし危機の共有化なしに、皆が1つの突破口に向かって突き進んでいくことはできません。トヨタやキヤノンは、業績の良い時に危機の共有化をするだけの経営を行っていたのだと思います。業績の良い時に危機の共有化をしながら優先順位を決めてやっていくこと。それが会社の遺伝子のように、ビジネスシステムに埋め込まれている会社が、今伸びてきているのだと思います。21世紀に勝ち残るために、日本企業でも「集中と選択」がやっと行われ始めました。これには、当然売却する事業、中止する製品があります。当然長年同じ釜の飯を食べてきた社内外の人間関係のしがらみがあります。10年後に勝ち残っているための事業構造や新製品を考えた優先順位を、全体最適の観点から、クールに実行することができる仕組みを作ることが重要です。

将来を見据えた人材育成を

日本の金融の自由化は、間接金融で銀行が企業をコントロールする時代から、直接金融による投資家が企業に物申すという、株主を重視した経営への転換を促しました。最終的なリスクテイカーである株主を中心とした株主資本主義の方向、すなわち当然なこととして企業価値の向上に向かわざるをえません。多様な知的資産を持ちながら、低収益、低株価の企業は、資本活用の不効率を是正するためのM&Aの対象にならざるをえません。株式交換、三角合併等を認めた新会社法は、投下された資本の積極活用を求めています。活性化のための資金の出し手としての投資家は、国内外を問いません。また、資本の積極活用を国内外のいかなる人材に依存してもよいわけです。外国の資本・人材であっても、日本の市場が活性化し、雇用と税収が増えれば良いという時代に日本が入ってきました。日本の資金により、日本の技術を生かし、日本の経営者が経営するという時代から、世界の資金で、世界の技術を活用し、最適な経営者を選ぶ時代が到来したことを認識する必要があります。異なる文化の中で、異なる行動様式をとる人材の能力を、特定の企業という組織の中で、最大限引き出すという経営人材が不可欠になります。2000年以降の日本の経済システムのインフラ変化に対応して、5年、10年先の将来を見すえた経営人材の育成が急務です。日本国内で海外の留学生と共に学ぶ社会人経営教育であるMBAの重要性が増します。

経営人材が育っていない理由はどうお考えですか?

転換期にふさわしい経営人材の育成を

自己責任、結果責任をとりうる長期かつトータルなマネジメント能力のある人が少ないといわれますが、戦後日本の中核企業が規制社会の中で右肩上がりの成長をすることができたために、転換期のトップリーダーを育成する仕組みを構築する必要性がなかったからでしょう。現在世界で競争優位に立っている日本の企業の多くは、戦後の創業時から遭遇した幾多の危機を乗り越えた遺伝子を引継ぎ、経営環境の変化に柔軟に対応できる組織を構築してきた企業です。資本を単にカネの提供者のみに限定せず、ヒトをはじめとするステークホルダー(利害関係者)の関係性をも資本とみなし、これらの有形・無形資産の統合を達成した企業が現在の日本経済を牽引しています。しかし、国内外のグローバル化と技術進化のスピードが加速する21世紀に勝ち残る企業は、単に企業組織内に無形資産を集積させるのみならず、事業の選択と集中過程で、資産や事業の組み換えやダイナミックな取り込みを弾力的に行う必要があります。右肩上がりの成長後の日本経済では、統合と組み替えスピードを同時に達成できる経営人材が不可欠です。

蓄えてきたストックを活かすビジョンを 知的財産を活かすビジョンを

現在いざなぎ景気(1965年〜70年)を超え、史上最長の好景気が進行中であるといわれています。しかし、個々人の生活が豊かになっているという認識がありません。いざなぎ景気といわれた1960年代後半は、年率10%成長で、給与は5年間で2倍になりました。さらに団階の世代が就職したころで、企業の平均年齢が25歳前後でした。今、この状況にあるのが中国などのBRICsの諸国です。企業の収益力は確かに史上最高になりましたが、この5年間従業員の給与はほぼ横ばいです。所属組織が倒産するという危機意識は薄らぎましたが、飛躍的な国内消費の上昇はありません。さらに、上場企業の従業員の平均年齢は40歳となり、団塊の世代の退職とともに、集積した技術の伝承は日本企業だけでは困難になってきています。一国の国力は、若い人口の増加に比例すると考えると、少子高齢化がここまで進んだ日本では、過去と同様な一本調子の成長戦略を歩むことは不可能です。

他方、世界で最も個人資産が多いストック社会を形成してきたのも確かです。アジアの多くの企業のように平均年齢20歳代半ばの企業と同じような戦略、スピードで戦おうとしても、勝ち目はありません。一度基本に立ち返って、我々にはどのような優位性があるか、この優位性でアジア諸国に何が貢献できるかという議論に立ち返るべきです。そういう意味で企業に集積してきた知財は重要になってくるのです。つまり、先行的に蓄えてきたものをどう活かしきるか、ということですね。知財が団塊の世代のところに多く集積していますが、前述したように日本の知的資産は既存企業に内包しています。これを活かしきるための組織再構築、能力ある人材の移入促進も重要課題になります。移民問題も含めて、どんな社会を目指すのか、またその理想実現の過程で起こる課題が何か、どう対処するかといった議論が余りありません。

「伸びる会社を支援する」社会への転換

前述したように日本は、「落ちこぼれを作らないシステム」を採用していました。国の研究助成や産業育成は、集団主義あるいはバラマキ行政であったということができます。市場が右肩上がりの成長をするときには、モデル企業へのキャッチアップや物まね製品開発であっても、産業全体が潤ってきました。中核企業の多くが、規模的には世界のトップランナーの仲間入りをしました。しかし、国内の経済成長が横ばいになった現在、技術や経営システムの独創性なくして、グローバル化が進む21世紀に勝ち残ることが困難です。既得権益を中心としたバラマキ支援を打破して、特定分野に集中特化した開発・支援・育成が必要であり、技術ベンチャーの育成が急務です。

また、日本の長期計画を立案するには、国や既得権益の立場からの国家政策立案のみならず、国や既得権益から独立した民間の政策研究機関も必要です。現在日本では、ニュートラルな立場で、時の政権と対立するようなことでも提案するような民間研究機関がありません。2000年以降、規制市場から自由市場に向かうように経済関係法令は変革されてきました。「落ちこぼれを作らないシステム」から「伸びる会社を支援するシステム」に転換したはずです。「再挑戦可能な社会」や「イノベーションの重視」の掛け声だけはありますが、日本の経済社会システム全体が、立法趣旨どおりに動き始めるには時間がかかりそうです。

社会構造の変化を見越した戦略的コラボレーションを

2008年のオリンピックや2010年の上海科学博を控えた中国は、日本の戦後、東京オリンピック前、最先端の技術を活用できる現在という3時点が同時に進行しているダイナミズムがあります。中国の政治体制と経済体制のアンバランスが、今後世界経済にどのような影響を及ぼすかは不明ですが、21世紀の世界の経済の中心になるのは、米国と欧州と並び、中国、インド、ロシアであることは明確です。日本の今後数十年間は、超高齢社会から生じるハイコスト国家を乗り越える必要があります。既存の企業が、日本国内の産業統合を進め、国内消耗戦を脱却すると同時に、世界の成長ゾーンの若い企業と競争と協創するコラボレーション関係性を構築し、日本にいかに付加価値を呼び込めるかが重要課題です。他方、天然資源のない超高齢化・超成熟国家日本で、多様な健康・福祉、エネルギー、環境、さらに新たなサービス産業が創出され、日本の後に到来する超高齢化国家のモデルになるような国になりたいものです。

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