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村井勝氏

カリフォルニア大学(UCLA)経営大学院(MBA)修了。
1962年米国IBM入社。日本IBM転籍後、わが国初のオンラインバンキング端末製作、システム構築に携わる。1991年、情報通信統括本部長を経て日本IBMを退社。コンパック日本法人の代表取締役社長に就任。同社会長を経て1998年同社退社。過去に、外資系情報産業研究会会長、在日米国商工会議所理事、General Atlantic Partners特別顧問などを歴任。

村井勝氏

知的資本を生み出すもの

企業における知的資本とはどこから生まれるのか、また何故今それが重要視されているのか。
長らくIBM、コンパックに在籍され、日本におけるコンピューター業界を黎明期から知る村井勝氏にお話を伺いました。

いろいろな企業や組織を経験されてきた村井さんにとって、知的資本とはどのような意味を持つものですか?

モノよりアイディア、付加価値の源泉である人の重み。

1962年から40年以上、外資系企業に勤めてきた経験から、日本企業の経営については常々問題意識を持っていました。日本対アメリカという比較をしてはいけないが、概ね日本の企業は活性化されていないと感じています。つまり社員一人ひとりがプロフェッショナルでない、あるいは、プレーヤーのようなポジションにはいないということ。産業革命の次は情報革命の時代と言われて久しいですが、現在、サービス産業はもちろんのこと、「ものづくり」という観点でも色々な付加価値がついているのです。

歴史的に見た場合、産業革命以前は農耕が経済の中心でしたが、その後産業革命が起こり、機械中心の生産性が求められる世界になってきました。ところが今はものづくりの世界を見ても、モノそのものよりアイディアを含めた、形のない暗黙知のようなもののバリューがどんどん上がってきています。そのように企業形態がどんどん変わってきているのに、それらを測る手段が全くありません。相変わらず産業革命以来の手法でしか企業を評価していないのです。そこに課題があると思います。

私の携わっている情報産業だけを見ても、40年の間に大変な変化が起こってきました。1962年当時、コンピューターは生まれたばかりで非常に高価なもので、1台が何十億円、ものによっては100億円もしたためレンタルが主流でした。他方、人件費は当時の初任給で1万5千円程度であり、30〜40億円のコンピューター1台に対し、人件費の割合は非常に小さいものだったといえます。ところが今や同じような機能を持つコンピューターが1万円もしないわけです。以前と比べて、モノの価格と人件費はまるで逆さまになっているのです。

社会構造のゆがみを是正するには、人や組織の持つ暗黙知をきちんと評価すること。

それを見ても、人の関与・知的なものの要素の、企業内における重要性はすっかり変化してしまったことが分かります。それほど人に頼っている企業形態にも関わらず、そこを評価できるものが何もありません。売上・利益など過去の結果については表現できますが、今企業が持っている価値は測れないのです。モノよりも、知的な部分の重みの方がはるかに大きくなっているにも関わらず。

私は知的な部分を測るための道具が余りにも遅れていると思うのです。出来るだけ早く、人間が絡むもの−組織、特許、働き甲斐、知恵−といったことの重要性をもっと社会的に広めていかない限り、アンバランスな社会構造が生まれるでしょう。できるだけ早く道具や仕組みを作る必要があります。

重要性を広めるためにはどういうことが必要なのでしょうか。知的資本という言葉の敷居の高さが障害になっているのでしょうか。

客観的であることが求められています。

言葉だけではなく、測る手段が明確になっていないことが問題です。アクセルの「見えないもの」を測る手段というのはインタビュー形式ですが、1対1のインタビュー形式ではマンモスのような組織、例えば何万人もの従業員と、それを取り巻くお客様がいるような世界では限界があります。

確かに人間が絡む活動をリアルに把握するためには、現状、インタビュー形式が唯一の解決方法かも知れません。ですが、それには客観的な測定システムが必要です。人事の世界でも目標設定や評価等の仕組みがあります。しかし、社員と上司の1対1の関係だけでも、お互いに目標をきっちりと設定し合い、納得できているのかというとそうではありません。なぜなら、基準が曖昧だからです。本当に客観性のある基準をどう決めて、どうきちんと測るかということ。その手段・手法をシンプルな形で解決していけば良いのではないでしょうか。

もうひとつ例を挙げると、品質管理も日本から起こったものの、非常にエモーショナルな要素が大きく、客観的なものではありませんでした。これでは異なる文化を持つ世界規模では普及しません。それが今ではISOという客観的な仕組みに変わり、誰でも導入して自分の会社を評価できるようになったのです。知的資本に関しても、そこまでいかないといけないでしょう。

日本人はどちらかというと、感性的・エモーショナルにものを考える傾向があるのではないでしょうか。ISOの時も最初、日本の反応は懐疑的でした。欧米では一度基準・方法を決めれば、まっしぐらに進める力がある印象を受けますが。

ベースになるのは論理的思考。

彼らの発想の原点は論理的なところにあります。特にアメリカでは、会社だけでなく全ての組織において、色々な人種が寄り集まっています。全く文化的背景の違う人種がお互いに理解するための手段は、論理的に話をすることしかありません。だから彼らは小さい時から論理的に考えるように訓練されていますし、逆に論理性のないものに対しては抵抗するという文化があるのです。

品質管理がブームになったのは、日本の経済がものすごい勢いで伸びていたから。何故こんなに良い品質のものが生まれるのか、そしてそれを我々が導入するにはどうしたらよいか、と考えたのです。しかし日本のものをそのままコピーしても、日本人のようにはできません。だから自分達のものにするにはどうしたら良いか考えたはず。私はそれと同じような次元に、今の知的資本の評価も立たされている気がします。よく言われるように人事評価の仕組みがアートの世界になるのは、人間個々人を対象にしているから。しかし幸いにも知的資本の場合は少し違うでしょう。人間一人ひとりを追究していくものではなく、組織や横のコミュニケーションなど、人間の集まりを評価していく訳ですから。だから私は論理的な解は見つかるのではないかと思っています。

原点となっている日本の経営に対する問題意識ですが、なぜ日本の会社では一人ひとりが活性化されにくいと感じられるのでしょうか。

創造性とリーダーシップを養うことが必要です。

理由のひとつは、組織の中における業績評価の仕組みが非常に曖昧になっていること。平たくいえば、会社に貢献しない人を処罰しないこと。これは日本の政府や社会にも言えることです。処罰の仕方が非常に甘ければ、一生懸命やっている人達の間にモラルハザードが起こり、組織全体のムードが沈滞化してしまいます。そうすると競争社会においては、創造性が養われなくなるのです。

もうひとつの理由は、リーダーシップがないこと。日本の場合はあくまで組織中心のため、ムードで物事を決めてしまい、意思決定者が事実上いません。マジョリティが賛成しない限り、取締役、部長といえども決められないのです。そういった環境の中では、本当に良い提案を出そうという意欲を持った人をどんどん削いでいく傾向があります。社長は単なる集団の親分にすぎず、取締役、部長の中からたまたま社長になっただけで、リーダーシップというものがありません。それが問題。もちろん、日本のやり方に良い面もありますが、欧米的な方法とのバランスが非常に大切になってきます。ただはっきりしているのは、どちらの場合でも、人間系・組織系を中心とした部分がいかに効果的に機能しているかです。その評価はできるはず。だから客観的に評価する仕組みが必要になるのです。

知的資本という考えに限らず、そういうニーズはどのようなところでお感じですか。

企業全体の価値から見ると、「人間系」の部分がどんどん重要になってきています。モノの部分はどんどんコストカットされ、生産性が高まっているからです。ボールペンだって普通の30、40円のものから何万円もするようなものまでありますが、機能的には全く同じ。ところがそこには付加価値−デザイン、受けるイメージ、社会的ステータス−などが付いてきます。ありとあらゆる要素によって、1万円で売れるものと10円でしか売れないものが出てくるのです。企業が成長するためには、サービスも含め、付加価値の部分を増やさざるを得ません。モノの価値の中に含まれている、目に見えない部分の価値が増えてきているにも関わらず、それを評価する手段がない事が企業の最大の問題。これはもっと以前から取り組むべき問題だったと思います。

村井さんはIT関係の企業に対する投資家の視点もお持ちですが、IT企業にとって1番の目利きのポイントは人に関する部分でしょうか。

企業の価値は人から始まる。

すべての企業の評価の出発点は人だと思います。「人」というのはリーダー、従業員、チームワークなどを含み、それらが総合的に評価されることが出発点でありかつ最終地点。そこには創造性、情熱といったものがどれくらい取り込まれているか。また販売ネットワークなど、しっかりしたものを持っているか。このように人の要素というのは非常に大きいものです。もうひとつ大切な事は、そういった人達が扱う商品、その商品の価値。商品そのものが持つバリューが利用者にとってどれくらいあるのか。そしてその商品が持つ夢。それらを含めての価値、つまり商品と人という2つの組み合わせから成り立っていると思います。

コンパックが1982年にアメリカで創業した時、IBMがデスクトップパソコンの技術を公開したため、猫も杓子もパソコンを作りました。いわゆるパソコン業界でクローンと呼んでいる、ありとあらゆるIBMのコピーマシーンが作られたのです。しかしそれらクローンメーカーはコンパック以外、全て消えてしまいました。コンパックはそういったコピーマシーン作りに追従しませんでした。代わりに創業と同時に作ったのは、持ち運びのできるポータブルなパソコン。
IBM・アップルも含めて、そんな製品を最初に出したのがコンパックでした。それはいかに小さく、軽くするかという知恵の結晶であり、またそれこそが創業期に差別化の要因になったのです。

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